女性アスリートの月経が止まってしまったら

スポーツドクターでもある南生田レディースクリニックの石川雅一先生にお話を伺いました。

スポーツを一生懸命やっている、いわゆるアスリートと呼ばれる女性たちには、月経不順や生理が来なくなる「無月経」という月経異常を抱えている人が多くいます。特に10代の高校生をはじめとした思春期を中心に、陸上の中・長距離などの持久系競技や、体操、新体操、フィギュアスケートといった体型の維持が必要なスポーツの選手に割合が高くなっています。

若いアスリートに多い無月経の原因はエネルギー不足

アスリートの月経が止まってしまう主な原因は、消費エネルギーに対して摂取エネルギーが足りていないことです。つまり運動に見合うだけの食事がとれていないことから起こります。食事から得たエネルギーは日常生活や基礎代謝で消費されますので、運動を行うときにはその分 余分にエネルギー摂取が必要になります。

基礎代謝と呼ばれる、生きていくのに最低限必要な生命活動、つまり内臓を動かしたり体温を維持するためなどに使われるエネルギーは、体の成長が著しい10代半ばにピークとなります。寝ているだけでもエネルギーを必要とする若い時期に、アスリートが十分な食事量をとらなければ、摂取したエネルギーの大部分を運動だけで使いきってしまい、基礎代謝や日常生活に必要なエネルギーが不足してしまいます。スポーツで消費した分だけバランスよく普段に増してたくさん食べるべきなのですが、若い女性アスリートは体を軽く保ちたい、美しくありたい、との思いから食べることに消極的になりがちです。こうしたエネルギー不足がホルモン分泌を低下させ、やがて月経不順やさらには無月経という状態におちいってしまいます。

無月経になると骨粗しょう症と疲労骨折のリスクが増加

女性の体は極端にエネルギーが不足すると、脳下垂体からのホルモン分泌が減少し、卵巣でエストロゲンという女性ホルモンが作られにくくなります。さらに排卵が止まり月経不順や無月経になってしまうのです

エネルギー不足の目安としては、成人ではBMI(「体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)」の体格指数)が17.5以下、思春期では標準体重の85%以下にまで減少すると、アスリートは無月経になりやすくなります。

とはいえ、月経が止まってしまって困ることは、「次回いつ生理が来るか分からない」という程度で、月経時の痛みや前後の体調不良もなくなるなど、かえってトレーニングにも身がはいるため、月経が来ない方が良いと軽く考え、放置してしまうケースが多いようです。

しかし、月経が止まってしまうほどのエストロゲン量の減少は、骨密度を低下させ、疲労骨折のリスクを増加させます。骨の成長は18歳~20歳までにピークとなるため、この時期に十分な骨の成長が起こらないとその後に増やすのは容易ではなく、閉経後に骨粗しょう症になるリスクを高めてしまいます。若い時代に起こった骨密度の低下が、生涯にわたって影響を及ぼすのです。

激しい運動をするアスリートの場合には、骨がもろくなったうえに体の同じ部分に繰り返し強い力が加わるので、さらに疲労骨折を起こしやすくなります。アスリートの疲労骨折は、骨の成長期である16、17歳の高校生に最も多く起こり、疲労骨折の40%がこの時期に起こるというデータもあり、疲労骨折を繰り返すうちに選手生命が短くなるという悲しい事態におちいる人もいます。

治療は食事療法からホルモン補充療法へ

日常的に運動を行っていて、月経不順、あるいはまったく月経が来なくなったなどの異常があった場合には、できるだけ早く医療機関を受診しましょう。診察は問診に加え、場合によってはホルモン値や骨密度の検査を行います。

治療は、まず運動量に見合った分をバランスよくしっかり食べることを目標とした食事療法から始めます。症状によっては運動レベルを落としてでもエネルギー不足の改善を優先し、月経異常が改善するまで1年程度様子を見ることから始めます。

エネルギー不足の改善をおこなっても月経が来ない場合や、極端に骨密度が低い人、競技の特性上どうしても体重を増やせない人などへは、年齢や競技レベルを考慮した上で、女性ホルモン剤を用いたホルモン補充療法に移行します。ホルモン補充療法の薬は、エストロゲンのシールやジェル、飲み薬などと、月経を起こすために黄体ホルモンの飲み薬を併用しながら行いますが、いずれも患者さんが自宅で対応できるものですし、ドーピング禁止薬でもありません。

無月経の期間が長いほど治療には時間がかかりますので、早めに受診することが大切です。しかし、思春期などの若い女性では婦人科の内診に抵抗を感じ、受診に対して二の足を踏む人がいるかもしれません。運動による月経異常の場合は、内診をしなくてもよい場合が多いです。医師に相談しながら治療法を選ぶこともできますので、ぜひ気軽に受診してください。

競技と同時に女性としての自分の体を大切にしよう

無月経は、骨粗しょう症や疲労骨折のリスクを知らせるサインです。また、無月経だけでなく、月経周期が乱れたり、経血量が変化している女性アスリートも、ホルモン分泌が乱れ無月経の予備軍となっている場合があります。特に10代などの若いアスリートの場合、本人は健康管理に無頓着なことが多いので、周囲の指導者や保護者が、月経周期や無月経になっていないか常に気を配る必要があります。

スポーツに真剣に取り組んでいる人ほど、つい目先の競技成績にこだわってしまいがちですが、アスリートである前に1人の女性です。将来を見すえて健康を優先し、病気やけがの予防・管理をすることの重要性をしっかり認識してほしいものです。

長く競技を続けたいのであれば、毎日必ず体重・基礎体温・脈を測り、体重管理や排卵の有無、貧血や発熱、脱水がないかといった項目をチェックすることを習慣づけましょう。

石川 雅一 先生(南生田レディースクリニック 院長)医学博士・北里大学医学部産婦人科学非常勤講師・日本産科婦人科学会認定 産婦人科専門医。平成25年1月に南生田レディースクリニックを開院し院長を務める。日本体育協会公認のスポーツドクターでもあり、女性アスリート健康支援委員会とともに、月経関連疾患を抱えている女性アスリートなどを支援する「がんばれ!やまとなでしこプロジェクト」を推進。また、学生時代にボート部だったことから、日本ボート協会医科学委員として毎年コーチの講習会に登壇し、運動指導者に女性アスリートへの健康管理の重要性を訴えている。