妊活中の乳がん治療はどうする?

高齢出産が多くなった今、妊活中に乳がんになる女性も増えています。がんが治るのか、今後妊娠できるのかという二重の悩みを抱え、治療について決断をしなければなりません。必要な知識と心構えを井上レディースクリニックの井上裕子先生にお聞きしました。

もしも妊活中に乳がんが見つかったら?

まず、不妊治療はいったん中断して、がんをきちんと治すための行動をとることが大事です。

自分のがんについて正確に知りましょう。乳がんと一言にいっても、がんの大きさや広がりなどの進行具合や、ホルモン剤が効くのか、効かないのか、がん細胞の種類(➡コラム1)によって、病状はさまざまです。

そこで、検査で詳しい病状がわかったら、担当医と治療計画を早めに決めましょう。適切な治療を行えば、進行がんでも治ることが多いと言われています。

コラム1)
ホルモン剤が効くがんを「ホルモン受容体陽性がん」といい、乳がんの70~80%がこのがんです。一方、ホルモン剤の効果が期待できないがんを「トリプルネガティブ」といい、抗がん剤で対処します。また、がんの細胞表面にHER2(ハーツ―)タンパクをもっているがんを「HER2タンパクの過剰発現がある乳がん」といい、抗がん剤とトラスツズマブという抗HER2剤を使います。

現在主流となっている乳がんの治療は集学的治療というものです。これは、「手術・薬物・放射線」の中から患者さんに最善の治療を選び、組み合わせて計画をつくります。手術や薬物はそれぞれ何種類もあるので、治療計画は一人ひとり異なるのです(➡コラム2)。

さらに、がん以外に病気はないか、患者さんの希望はなにかを考慮します。この時「治療後は妊娠したい」という希望を担当医師にきちんと伝えましょう。ひと昔前は、乳がんになると「妊娠はあきらめるべき」という風潮があって、医師はそれについてまったく触れず、不安を抱えたり、納得できないまま治療する患者さんもいました。

どんな治療を選ぶにしても、将来ふり返ってみて「あのとき最善の治療を選択した」と思えるように、ご自身がしっかりと納得することが大事です。

もうひとつ大事なこととして、標準治療と呼ばれる、科学的根拠に基づいた現時点で最善の治療は、どの病院でも受けられることを知ってください。医師たちは科学的根拠にもとづく診療ガイドラインをもとに治療にあたるので、地域や医師の治療格差はありません。

診療ガイドラインを患者向けに解説する『患者さんのための乳がん診療ガイドライン』(日本がん・生殖医療学会)はぜひ読んでおきましょう。

コラム2)
治療計画はがんの進行度(ステージ)のほか、病理検査で得た診断情報をもとに決められます。検査の要素は、浸潤の有無、組織、悪性度(グレード)、増殖能力、がん細胞の種類(ホルモン受容体・HER2の陽性・陰性)などで、この結果から術後の再発率や、治療効果が見込める薬剤などがわかります。

乳がんになったら妊娠はできない?

治療後には妊娠の可能性もありますが、患者さんの状況(治療後の年齢や卵巣の状態、治療内容など)によって確率は変わります。


妊娠ができなくなる原因は、薬物療法で使用する薬剤が卵巣に与える損傷です。なかでも抗がん剤は卵巣に直接ダメージを与え、治療中は月経が止まります。ホルモン剤は直接卵巣にダメージを与えることはありませんが、治療期間が5~10年と長くなり、月経が回復しないまま閉経になることも少なくありません。

しかし薬物療法には、転移や再発の予防、乳房を温存するためにがんを小さくする目的があって、約8割の患者さんが行う避けられない治療です。

そこで最近は、妊娠の能力を温存する治療が注目されています。これは、がんの治療前に卵子を採卵して、精子と受精させた受精卵を凍結保存しておき、治療後に子宮内に移植し、妊娠へとつなげるものです。この治療を受けるには、パートナーがいることが条件になります。パートナーがいない人は未受精卵や卵巣組織を凍結する保存がありますが、まだ試験段階です。

こういった治療には費用がかかることや、がん治療と生殖医療の連携施設が少ないなどの課題はあるものの、がん治療後に出産している患者さんもいます。まずは担当医に聞いてみましょう。
『患者さんのための乳がん診療ガイドライン』、『乳がん患者の妊娠出産と生殖医療に関する診療の手引き』でも詳しく知ることができます。

妊娠を希望する場合、乳がん治療はどこで行う?

現実的には、がん治療と生殖医療は別々の病院で行うことになるでしょう。

乳がんの治療は乳腺外科、放射線科、化学療法科、腫瘍内科、形成外科などの複数の診療科で行われるので、各科の連携がとれるがん専門病院や拠点病院を選ぶとよいと思います。

生殖医療は、妊活していたクリニックや、地域の有力な不妊クリニックにがん患者を受け入れてもらえるか問い合わせてください。
そして、治療前にふたつの病院の相談窓口で、パートナーがいる場合には2人でカウンセリングを受けましょう。
専門スタッフに心理面をサポートしてもらうことで冷静に考えることができ、最善の治療計画を決められるはずです。

乳がんの進行はがんの中では比較的おそいので、必要以上に焦ることはありませんが、それでも早めに行動してください。採卵にある程度時間がかかり、がん自体の治療が遅れる可能性もあるからです。

井上先生より まとめ

患者数と羅患率が高い乳がんは、女性にとって他人ごとではありません。早期発見できれば完治できる可能性が高い病気なので、妊活中こそ定期検診は重要だと考えられます。

井上 裕子 先生(井上レディースクリニック 院長)1977年、共立女子大学文芸学部卒業後、医師を志し1984年、帝京大学医学部を卒業。1919年に祖父が開業した医院3代目院長に就く。分娩、婦人科検診、不妊治療を柱にしながら「女性総合診療科」を目指し、女性の生涯寄り添った医療を施したいという姿勢を貫く。個人産婦人科で乳がんや子宮がんなど婦人科系の検診を受けられるのは全国でも希少。ほかの臓器のがんに比べて婦人科系がんは早期発見・早期治療で良くなる確率が高いので、検診を積極的にすすめる。